Sakana AI共同創業者:企業は「いつでもモデルを乗り換えられる能力」を持つべきだ——それ自体が一つの抑止力になる
- Sakana AI共同創業者で元日本の外交官である伊藤錬氏が読売新聞に寄稿。核心的な見立ては、次のAI競争の勝敗を分けるのはシステムの能力だというものだ。
- 2026年6月12日、アメリカ政府が輸出管理を発表。史上初めて最先端AIモデル自体を規制対象に加えた。これまで規制されていたのはAIチップだけで、今回はAnthropicの最先端モデルを外国が入手することを制限する。
- 記事は二つの歴史的先例を参照点にしている。冷戦期にアメリカが暗号技術を同盟国と共有したこと、そしてF-35(多国共同開発)とF-22(アメリカ専用)という二つの戦闘機の路線だ。「共有するか独占するか」は昔から戦略上の選択問題だったことを示している。
- 筆者の核心的な主張はこうだ。AIは複数の最先端モデルが並存し、なお猛烈な勢いで新顔が登場し続けるエコシステムであり、競争の焦点は「誰のモデルが最強か」から「誰がいつでも確実に最強のAIを使えるか」へと移っている。
- 日本への処方箋はこうだ。強みは技術を信頼できるシステムに統合することにあり、独立した評価、相互運用性、安全な展開に投資すべきで、最先端モデルを一つひとつ自前で複製する必要はない。
G7サミットの後、風向きが変わった
Sakana AI共同創業者で元日本の外交官である伊藤錬(Ren Ito)氏は、フランス・エビアンでのG7サミットの後、読売新聞にこの署名記事を寄稿した。
この変化を避けて通れないものにしたのは、ついさっき起きた出来事だ。
ここ数年、このAI競争の本筋はモデルをどんどん大きく強くすることだった。テック企業は計算資源に数百億から数千億ドルをつぎ込み、勝敗はベンチマークの順位、パラメータ数、学習規模で測られてきた。だが今日、競争の姿は変わりつつある。誰が最先端AIを手に入れられるか、どんな条件で手に入れられるかは、ますます地政学によって決まるようになっている。
歴史上、「共有」か「独占」かは常に選択問題だった
伊藤錬氏によれば、先端技術をどう扱うかについて歴史にはすでに参照できる先例がある。冷戦期、アメリカは同じ選択問題に何度も直面してきた。先進技術を同盟国と分かち合うべきか、それとも自分の手元に握っておくべきか。
氏は二組の事例を挙げる。冷戦期、アメリカは先進的な暗号技術を信頼できる同盟国と共有した。安全な通信手段が同盟全体を強固にするからだ。数十年後、戦闘機の開発でも同じ論理が働いたが、今度は二つの道に分かれた。
二つの論理はずっと並存してきた。伊藤錬氏が強調するのは、ここでの戦略的な問いは「どう技術を守るか」だけではなく、「誰に使わせれば、国家の安全保障と同盟国の強靭性を同時に高められるか」だということだ。
だがAIは暗号や戦闘機とは話が違う
伊藤錬氏によれば、最先端AIが直面するのは同じ戦略的な問いだが、そこには決定的な違いが一つある。暗号や戦闘機はいずれも単一の技術であり、「共有するかしないか」という一つの決定で一括りに決められる。だが最先端AIはそうではない。
最先端AIは一つのエコシステムだ。今この瞬間にも複数の最先端モデルが並存し、それぞれに得意分野があり、しかも新しいモデルが猛烈な速度で次々と登場し続けている。だから本当に問うべき問いも変わった。かつては誰が最強のモデルを保有しているかを問うていたが、今問うべきは、必要なときにいつでも確実に最強のAIを使えるのは誰か、ということだ。
この変化を図にしてみると、二つのメンタルモデルの違いが一目で分かる。
どのモデルも長期にわたって全タスクを独占できるわけではなく、新顔が次から次へと加わり続けている。問いは「誰があれを保有しているか」から「誰がいつでも今いちばん適したものを選べるか」へと変わった。
カギとなる能力は、いつでも最良のAIを使えること
AIがエコシステムであるからこそ、新しい戦略的能力が表舞台に浮かび上がってきた。AIオーケストレーション(AI orchestration)だ。伊藤錬氏は、これがすでに国家レベルの実力になったと見ている。
複数の異なるAIモデルやツールを連携させて働かせ、必要なときにいちばん適したものを呼び出す。最初から最後まで一つのモデルだけに頼るのではない。オーケストラの指揮者に少し似ている。自分では楽器を演奏しないが、いつバイオリンを鳴らすべきか、いつ金管楽器を入れるべきかを決める。
氏はこう計算する。ほとんどの国にとって、すべての最先端モデルを国内で自前で複製しようとすれば、膨大なカネと人材を焼き尽くすことになり、それでも世界最先端に追いつけるとは限らない。より現実的な目標を、氏は「戦略的自律性」と呼ぶ。
何もかも自前で造ろうとするのではなく、「使いたいAIを誰のものでも使える」という自由な選択権を守りつつ、評価・統合・安全性・展開といった技を確実に鍛えることだ。企業調達が自らを一つのサプライヤーに縛りつけず、いつでも価格交渉や乗り換えの余地を残しておくのに似ている。
いつでもモデルを乗り換えられること自体が、一つの抑止力になる
伊藤錬氏が指摘するのは、このやり方が新たな抑止力ももたらすということだ。
多元化されたサプライチェーンが単一サプライヤーへの依存を減らせるのと同じで、複数の最先端モデルを自由に切り替えられる政府や企業は、どこか一社のモデルが供給停止になったからといって首根っこを押さえられることはない。「供給停止」という手段そのものを無力化することは、長い目で見れば完全な自給自足を追い求めるより割に合うかもしれない。
下のデモは実際に手を動かして試せる。あるモデルへのアクセスが遮断されたとき、複数モデルを編成できるシステムはどう振る舞うか。上のタブをクリックして、遮断するモデルを切り替えてみてほしい。
違いはここにある。一つのモデルだけに賭けていれば、供給停止はそのまま稼働停止を意味する。複数の選択肢があれば、一つ切れても別のものが引き継ぐだけだ。「供給停止」というカードの重みも、それに応じて薄れていく。
競争の重心は「モデルを造る」から「システムを組む」へ移った
伊藤錬氏によれば、最先端AIを手に入れるのは物語の前半にすぎず、後半はAIシステムをきちんと組み上げることだ。
今日のAIアプリケーションはますます組み合わせに頼るようになっている。複数の最先端モデルに、専門領域向けのモデル、ソフトウェアエージェント、独自データを加え、さらに人の専門知識を合わせて、一そろいのものに組み立てる。
競争優位も、単一のモデルから、システム全体を評価し、編成し、継続的に改善していく能力へと移っていく。氏は日本がこの局面で良い位置にいると見る。日本の長年の強みは、さまざまな技術を信頼できるシステムへ統合することにあるからだ。マルチモデルの世界に置き換えれば、これは独立した評価、相互運用性、安全な展開にカネを投じるということであり、最先端モデルを一つひとつ自前で複製する必要はない。
「信頼」という言葉の意味が変わった
これまで「信頼できるAI」の議論は主に技術面に注目してきた。アラインメント、透明性、バイアス、誤情報、有害な出力といったものだ。伊藤錬氏はこれらが依然として重要だとしつつ、政府・企業・社会にとって「信頼」の意味は今や広がっていると言う。
信頼はもはや一つのモデルの技術的特性だけでは決まらない。伊藤錬氏によれば、信頼できるAIエコシステムとは、一国が継続的なアクセスを期待でき、自分のデータを本当に管理でき、他所で下された決定に首根っこを押さえられることのない状態を意味する。信頼はますます、モデルを取り巻く制度・ガバナンスの枠組み・国際的なパートナーシップの属性になりつつある。
この競争は、遅かれ早かれAIの外にまで及ぶ
伊藤錬氏の見立てでは、この変化の影響はAIそのものをはるかに超えて広がる。
氏は、次の地政学的競争が軍事力から港湾、電力網、通信ネットワーク、データセンターといったAI駆動の重要インフラへと広がると見ている。誰がこれらのシステムを建設したかは一面にすぎず、もっと重要なのは誰が運営し、誰が統治し、最終的に誰のAIに依存するかだ。日本にはここでも独自の立ち位置がある。信頼できるインフラの構築を長年得意とし、信頼性と他国の主権の尊重によって長続きするパートナーシップを維持してきた。これらの資質はAIの時代にも同じように重要になり得る。
記事は最後にその核心的な主張へと戻る。この図は二つの世代の競争の違いを並べて示している。
伊藤錬氏は二つの世代の競争の判定基準を並べて示す。最初のAI競争は最強のモデルを造った者に報い、次のAI競争は最強のシステムを組んだ者に報いる。氏の考えでは、AIの行方は誰が最も賢いモデルを造るかだけで決まるのではなく、誰が最先端AIを確実に手に入れ、それを信頼できるシステムへ統合し、そのシステムを責任を持って統治できるかにもかかっている。これこそ、氏の目に日本が先頭を走れる可能性のある競争として映っている。
最初のAI競争は最強のモデルを造った者に報いた。次のAI競争は最強のシステムを組んだ者に報いる。 Ren Ito、Sakana AI共同創業者・原文より
AI競争のコース変更:「誰のモデルが最強か」→「誰がいつでも複数モデルをシステムへ編成できるか」
Sakana AI共同創業者・伊藤錬:アメリカが史上初めてAIモデル自体を規制したとき、本当の切り札はもはや最強モデルの保有ではなく、いつでもモデルを乗り換えられる編成力だ。一枚の図で読み切る。
↓ 一枚で読み切る・動く図つき
最先端AI(今もっとも強力なAIモデル群、例えばAnthropicのClaudeシリーズ)は、ここ数年「誰がより大きく強く造るか」を競ってきた。Sakana AI共同創業者で元日本の外交官である伊藤錬氏は署名記事で、この前提が最近揺らいだと語る。先端技術を同盟国と共有すべきか自分の手元に握っておくべきかは歴史上ずっと選択問題だった(冷戦でアメリカは暗号技術を同盟国と共有し、戦闘機ではF-35が多国共同開発、F-22はアメリカ専用だった)。だがAIの番になって、新しい出来事が起きた。
伊藤錬氏の見立てはこうだ。誰もがずっと「誰のモデルが最強か」を問うてきたが、その問い自体が間違っていた。
なぜならAIは、暗号技術や戦闘機のように「共有か独占か」を一括りに決められる単一のものではないからだ。AIは一つのエコシステムであり、それぞれに強みを持つ複数の最先端モデルが同時に存在し、新しいものが猛烈な速度で登場し続けている。どのモデルも長期にわたって独り勝ちできない以上、本当に問うべきことも変わった。
最強のモデルを持っているのか?
最強のAIを使えるのか?
ほとんどの国にとって、すべての最先端モデルを自前で複製するのはカネがかかる上に追いつけない。より現実的なのは、「使いたいAIを誰のものでも使える」という選択権(筆者はこれを戦略的自律性と呼ぶ)を守りつつ、選定・統合・安全性という技を確実に鍛えることだ。この技はAIオーケストレーションと呼ばれる。下の図で、それがどう抑止力に変わるかを見てみよう。
伊藤錬氏はこう例える。マルチモデルのシステムは多元化されたサプライチェーンのようなもので、身代を一つのサプライヤーに賭けたりしない。小互(シャオフー)のチームがあるタスクをこなすのに最強のAIが必要だとして、二つの組み方が「供給停止」に遭ったらどうなるかを見てみよう。
カメラを引いて見ると、伊藤錬氏は競争の重心全体が移動していると言う。
最先端AIを手に入れるのは前半にすぎず、後半は複数の最先端モデル、専用モデル、ソフトウェアエージェント、独自データ、そして人の経験を一そろいのシステムに組み立てることだ。「信頼」の意味さえも、「モデル自体が信頼できるか」から「ずっと使い続けられるか、自分のデータを管理できるか」へと広がった。氏が二つの世代の競争に与えた定義はこうだ。
、単一の最強モデルに賭ける
、いつでも乗り換えられる自由を保つ
6月12日の輸出管理という既成事実を除き、記事の内容はすべて伊藤錬氏(Sakana AI共同創業者、元日本の外交官)の見立てと主張であり、再現可能な実測データはない。
モデル自体を規制
チップだけじゃない
- × 供給停止即稼働停止
- × 乗り換えたくても乗り換えられない
- × 首根っこを押さえられる
頂点の高さを競う
システムへ編成する力を競う