Google Research が SensorFM を発表——1兆分のウェアラブルデータで学習、35 件の健康タスクのうち 33 件で勝利
- Google Research が SensorFM を発表。1兆分を超えるウェアラブルセンサーデータで事前学習した健康基盤モデルで、対応論文は arXiv:2605.22759。
- 学習データは同意済みユーザー500万人分。100か国以上と米国全50州をカバーし、Fitbit と Pixel Watch の20種類以上の機種、期間は2024年9月から2025年9月まで。
- 4桁にわたるスケール実験において、最大モデル SensorFM-B は35件の健康予測タスクのうち33件で勝利。エンコーダーを凍結して線形ヘッドを1つ加えるだけでも、34/35 のタスクで従来の特徴量エンジニアリング+教師あり学習を上回った。
- 核心技術は AIM(Adaptive Inheritance Masking、適応的継承マスキング)——デバイスが実際に欠損させたデータと、学習時に人為的に隠したデータを同じものとして扱い、モデルが生まれつき欠損情報を扱えるようにする。
- パーソナルヘルスエージェントと組み合わせた臨床医による盲検評価では、SensorFM の予測から生成した健康サマリーは、実際の医学的測定値から生成したサマリーと比べて、評価点に統計的な有意差がなかった。
ウェアラブル端末が溜め込んだデータ、実はほとんど活用されていない
この10年、時計やリストバンドは膨大な心拍数・血中酸素濃度・睡眠・運動のデータを記録してきた。しかしそのほとんどは端末の中で眠ったままか、「今日何歩歩いたか」「よく眠れたか」といったごく限られた用途にしか使われていない。これらを本当に健康リスクの予測に使おうとすると、従来のやり方は3つの壁にぶつかる。
1つのタスクに1つのモデル
糖尿病を予測したければ糖尿病専用モデルを、うつ病を予測したければうつ病専用モデルを、それぞれ個別に学習させる必要がある。モデルごとに独自のラベル付きデータが要り、知識を互いに共有できない。
ラベルは高くて手に入りにくい
「この人は糖尿病と確定診断された」といった1つの健康ラベルの裏には、医学検査・検体分析・診断があり、時間もコストもかかる。多くのラベルはそもそも遡って取得できない。3年前に戻って改めて健康診断を受けさせることはできないからだ。
個人差が大きすぎる
同じ心拍数の波形でも、ある人にとってはまったく正常でも、別の人にとってはリスクの兆候かもしれない。画一的なモデルでは、この個人差を受け止めきれない。
Google Research が出した答え——SensorFM
2026年7月9日、Google Research はブログを公開し、SensorFM というウェアラブル健康データの基盤モデルを紹介した。対応論文は arXiv(番号 2605.22759)に掲載されている。
GPT が膨大なテキストから言語の普遍的な法則を学んだように、SensorFM は1兆分を超えるセンサーデータから人体生理の普遍的な法則を学ぶ。まず汎用的な土台を学習し、その上にさまざまな具体的タスクを接続していく。
何を食べさせたのか——1兆分の身体データ
まずどれだけのデータを食べさせたのかを見てみよう。このデータは同意済みユーザー500万人分に由来し、期間は2024年9月から2025年9月まで、100か国以上と米国全50州をカバーしている。
これはこれまでモデルの学習に使われた中で最大かつ最も多様なウェアラブルデータ群だ。5種類のセンサーに由来する、1分ごとに集計された34の特徴量を統合している。
| センサー | 略称 | 測定対象 |
|---|---|---|
| 光電式容積脈波 | PPG | 心拍数、心拍変動、血中酸素飽和度 |
| 加速度センサー | Accelerometry | 運動量、歩数 |
| 皮膚電気活動 | EDA | 皮膚の導電率(ストレス反応) |
| 皮膚温度 | Skin Temp | 体温の変化 |
| 高度計 | Altimetry | 標高/上昇 |
ここで2つの略称について補足しておく。PPG(光電式容積脈波)とは、時計が皮膚に密着した状態で光を発し、血管による光の吸収の変化から心拍と血中酸素を逆算する仕組みで、スマートウォッチが心拍数を測る際の主な原理でもある。EDA(皮膚電気活動)は皮膚表面の導電率を測るもので、人は緊張して汗をかくと導電率が変化するため、ストレスや感情を間接的に反映する指標としてよく使われる。
時計は途切れるもの、モデルはどう「気にしない」を学んだか
SensorFM で最も重要な設計は、「欠けたデータ」をどう扱うかという点にある。時計は充電のために外され、省電力モードに入り、センサーはオンオフを繰り返す。ウェアラブルデータにとって、欠損はごく当たり前のことだ。
欠損データの扱いには従来2つのやり方があった。1つは推測で空白を埋める方法だが、推測した値が間違っていればバイアスを持ち込んでしまう。もう1つは欠損のある時間窓をそのまま捨てる方法だが、これでは貴重なデータを大量に無駄にしてしまう。SensorFM は第三の道を選んだ。それが AIM(Adaptive Inheritance Masking、適応的継承マスキング)——デバイスが実際に欠損させたデータと、学習時に人為的に隠したデータを同じものとして扱い、モデルが生まれつき情報の欠損に慣れ、「欠損」そのものを自分で補完すべき対象として学習させる。
空白を推測で埋めれば、間違えばバイアスが入り込む。欠損のある時間窓を捨てれば、データを無駄にする。前提は「データは完全でなければならない」というものだった。
実際の欠損と人為的なマスクを同じものとして扱い、欠損の補完そのものを学習タスクにする。前提は「欠けているのが当たり前」というものだ。
電波の悪い電話で、文脈から聞き取れなかった数文字を推測できるよう人を訓練するようなものだ。電波がフル表示でなければ聞かない、というわけにはいかない。AIM はモデルに、「全部聞き取れなくても」完全な意味を復元できるよう慣れさせるものだ。
こうして学習された SensorFM は、生まれつき「欠損認識型」だ。データの欠損を許容するだけでなく、逆に欠損を利用して学習することもできる。
規模を拡大すれば効果も伸びる、しかもまだ頭打ちではない
データとモデルを同時に拡大すると、効果はどうなるのか。Google は4桁にわたる実験を行った——データ量は200万センサー時間から20億時間まで、モデルは10万パラメータから1億パラメータまで拡大した。
事前学習の損失はデータとモデルが大きくなるにつれて着実に下がり続け、35のタスクのうち33で勝利した。さらに重要なのは、性能曲線にまだ頭打ちの兆候が見えないことだ。つまり、データやパラメータをさらに増やせば、まだ強くなる可能性が高い。
ここで2つの指標について補足する。AUC は分類判断の正確さを測る指標で(0.5 は当てずっぽうに相当し、1 は完璧な判断)、ピアソン相関係数は予測値と実測値がどれだけ連動しているかを測る指標だ(値は -1 から 1 まで、1 に近いほど連動性が高い)。
モデルを凍結したまま、線形ヘッドを1つ繋ぐだけで十分
モデルが学習した表現が実際に使い物になるかどうかを確かめる、手っ取り早い方法がある。モデル本体を凍結してパラメータを一切変えず、その出力する生理学的表現に単純な線形ヘッドを外付けするだけだ(これは「線形プローブ(linear probe)」と呼ばれる)。それでそのまま仕事ができるかを見る。
35件の判別的な健康タスクでテストした(データは IRB 承認済みの前向き研究3件、参加者計13,985人に由来)。6つの大分類にわたる健康シグナルをカバーしている。
35のタスクのうち34で従来のベースラインを上回った(丸1つが1タスクを表し、白抜きのものが唯一勝てなかったタスク):
軽量な線形ヘッドを学習させるだけで、34のタスクにおいて「特徴量エンジニアリング+教師あり学習」という従来のベースラインを上回った。さらに2つの細部がある。モデルが大きくなるほど、年齢や性別といった人口統計的特徴を暗黙のうちに自ら捉えられるようになる(これらの情報を追加で与えることによる向上幅はどんどん小さくなる)。またうつ病や不安のような、センサー上の信号が非常に微弱で捉えにくい状態についても検出でき、しかも少量のラベル付きサンプルだけでベースラインを上回れる。
これは、同じ生理学的表現を数十種類の健康予測タスクに転移できることを意味し、新しいタスクに適応させるために必要なラベル付きデータと開発期間を大幅に圧縮できるということだ。
一室のAIエージェントたちが、われ先にと予測ヘッドを繋ごうと競い合う
生理学的表現を具体的なタスクの予測器に変えるには、従来なら人手による特徴量エンジニアリング、アーキテクチャ選定、ハイパーパラメータ調整が必要で、非常に煩雑だった。Google はいっそこの作業をAIに任せることにした。
彼らは「マルチエージェント協働教室」(agentic classroom)を作り上げた。複数のAIエージェントが協力しながら競い合い、予測ヘッドを構築するための実行可能なコードを繰り返し生成・テスト・改良していく。システム全体で延べ3万件を超える候補案を探索した。
さらに2つの傾向が見られた。案の質は探索が進むにつれて一貫して向上していくこと、そしてより強力なAIモデル(例えば新しいバージョンの Gemini)に切り替えると、より良い案が得られることだ。
AIの推測と実際の健診結果、医師には見分けがつかない
最後に、Google は SensorFM を「パーソナルヘルスエージェント」(Personal Health Agent)に組み込み、厳密に設計された実験を行った。健康サマリーを生成させ、3種類の入力条件における質を比較したのだ。
人口統計+日次指標
基本情報と日々のウェアラブルデータのみでサマリーを生成する。5つの評価軸すべてで最下位だった。
SensorFM の予測を追加
ベースラインに、モデルによる健康指標の推論を加える。すべての評価軸でベースラインを上回った。
実測値を追加
ベースラインに、実際の医学的測定値(グラウンドトゥルース)を加える。到達可能な上限として対照させる。
具体的な方法はこうだ。臨床医のグループが盲検条件下で、背景情報、関連性、妥当性、パーソナライズ、潜在的な害という5つの評価軸からサマリーを採点し、合計1,860件の評価を行った。専門家による評価には40時間を超える時間が費やされた。
結論は2つ。SensorFM の予測を加えると、5つの評価軸すべてでベースラインを上回った。さらに重要なのは、SensorFM の予測を使った場合と実測値を使った場合とで、臨床医の採点に統計的な有意差がなかったことだ。つまり、この健康アシスタントというシナリオにおいては、モデルの推論は実際の医学的測定とほぼ同等に役立つということになる。
まだ足りないもの——プライバシー、臨床検証、相関の罠
こうした結果の他に、はっきりさせておくべきことがいくつかある。
プライバシー
500万人分の健康データの安全性はどう担保するのか。Google は使用しているのは「同意済み」かつ「非識別化」されたデータだと強調しているが、大規模な健康データのプライバシーは常に注視すべき問題であり続ける。
臨床検証
現時点ではまだ研究段階にとどまっており、実際の医療応用に至るまでには、厳格な臨床試験という壁が控えている。
アクセシビリティ
Fitbit や Pixel Watch のような端末に依存しているため、購入できない、あるいは使いこなせない人々は締め出されてしまう。デジタルデバイドが存在する。
相関は因果ではない
モデルが学習しているのは信号間の相関関係であり、予測には使えるが、その背後にある因果関係を説明できるわけではない。
エンコーダーを凍結し、軽量な線形ヘッドを1つ学習させるだけで、34/35 の健康タスクにおいて従来の特徴量エンジニアリング+教師あり学習を上回った。 Google Research · SensorFM
時計が10年溜め込んだ身体データが、初めて汎用モデルに読み解かれた
Google Research が SensorFM を発表——1兆分のウェアラブルデータで汎用的な土台を学習。1枚の図解で、それが何か、どう実現したか、効果はどれほどかを説明する。
↓ 1枚で読み終わる・動く図が1枚あります
時計やリストバンドは10年にわたり心拍数・血中酸素・睡眠・運動を記録してきたが、そのほとんどは端末の中で眠ったままか、歩数を数えたりよく眠れたか確認したりする程度にしか使われていない。本当に健康リスクの予測に使おうとすると、従来のやり方は3つの壁にぶつかる。
✘ まだできないこと:糖尿病やうつ病といった本当の健康リスクの予測
なぜか?ある病気を予測するには専用モデルを個別に学習させる必要があり、それぞれに独自の医学的ラベル(検体分析、診断)が要る。時間もコストもかかるうえ、3年前に遡って検査を受け直させることもできない。しかも同じ心拍数でも、人によって意味がまったく逆になり得るため、画一的なモデルでは対応しきれない。
2026年7月9日、Google Research は SensorFM を発表した。1兆分超、500万人分のウェアラブルデータを使い、身体信号を読み解ける汎用的な土台を学習させた(対応論文 arXiv:2605.22759)。
うつ病を予測しようとすれば、まず「うつ病と確定診断された」症例を集めてラベルとし、うつ病専用のモデルを個別に学習させる。別の病気に変われば、また一からやり直しだ。
凍結された同じ土台(モデルのパラメータはもう変更しない)に、1層だけ学習する「線形ヘッド」(モデル本体は変えず、その出力に予測用の層を1つ加えるだけ)を繋げば、数十種類の健康タスクをまとめてこなせる。
重要な結果は2つ。1つは、土台を凍結してこの層だけ学習させるだけで、34/35 の健康タスクで従来のやり方を上回ったこと。もう1つは、臨床医による盲検評価(採点時、医師は各サマリーの背後で何が使われたか知らない)において、モデルの推論から生成した健康サマリーと、実測値から生成したサマリーとで、採点に統計的な有意差がなかったことだ。しかもデータとモデルを大きくすればするほど効果は伸び続けており、頭打ちの兆候はない。ではなぜこれほど安定しているのか。鍵は「欠けたデータ」への対処の仕方にある。
時計は充電のために外され、省電力モードに入り、センサーはオンオフを繰り返す。ウェアラブルデータにとって欠損は常態であり、例外ではない。SensorFM の看板設計である AIM(適応的継承マスキング)は、まさにこの問題に対処するためのものだ。
従来のやり方は、推測で空白を埋める(間違えばバイアスが入り込む)か、欠損のある断片をそのまま捨てる(データを無駄にする)かのどちらかだった。AIM は第三の道を行く。端末が実際に欠損させたデータと、学習時にわざと隠したデータを同じものとして扱い、モデルに生まれつき「情報の不完全さ」に慣れさせ、「欠損の補完」そのものを習得すべき技として学ばせる。
一般の人には「タスク勝率」と言われてもピンとこない。「新しい健康タスクに対応するのにどれだけ手間がかかるか」に置き換えたほうが直感的にわかる。
念のため付け加えると、以上の数字はすべて Google 公式ブログとその論文における内部テストによるもので、現時点で第三者による独立した再現検証はまだ行われていない。
- × 病気が1つ変われば
モデルも1つ作り直し - × 医学的ラベルは
高くて遅い - × 同じ心拍数でも
人によって意味が違う
1つも測れない…
読み解きたい。
これは人体の法則を学ぶ。
データがごっそり欠けた!
自分で補うべき部分として扱えばいい。
1層加えるだけで、
従来のやり方に勝った。
見分けがつかない。
一方はAIの推論。
採点はほぼ同じだった。
