各部門にAIを配ったら、逆に使いにくくなった:Sierraは一つのアシスタントに絞り込み、いまや社内コードの70%を担う
振り返り:Pinecone はリリース以来7.5万回のセッションをこなし、600人超の社員にサービスを提供、MCP Gateway経由で37の社内システムに接続している。
- Sierraの6人からなるAI加速チームは数ヶ月をかけて、カスタマーサポート・データ分析・エンジニアリング・セールス向けの4つの専属agent(PINE、Pinewood、Pinecone、Reggie Jr)を、統一agent「Pinecone」に一本化した。
- Pinecone は今年3月のリリース以来、7.5万回を超えるセッションを実行し、600人超の社員にサービスを提供。いまや社内のコードマージリクエスト(PR)の70%はPineconeが発行している。
- Pinecone は自社開発の MCP Gateway 経由で37の社内システムに接続しており、社員本人の権限を継承し、呼び出しのたびにポリシーチェックを行い、顧客データを分離し、監査ログを残す。
- チームは、agentが一つのプロジェクトを継続的にフォローし、タスクの準備が整った時点で自ら動き出す方が、人が質問するのを待つだけの一問一答形式より価値が高いことに気づいた。ただし現状では、大半のセッションは依然として人間側が先に話しかける形で始まっている。
- チームは、現時点で集計しているセッション数やPR数はあくまで活動量の指標にすぎず、結果が実際に良くなったかどうかを測る良い方法はまだ見つかっていないと認めている。
なぜ誰もが、あの最も優秀なエンジニアを複製したいのか
AIカスタマーサポート企業Sierraの6人からなるAI加速チームは、この半年間、全社の各部門向けに社内agentを開発してきた。その経緯とつまずいた点をまとめたのがこの振り返りだ。
今年3月、Sierraはカスタマーサポート・データ分析・エンジニアリング・セールス向けの4つの専属agentを、Pineconeという名の統一agentに一本化した。4ヶ月後、Pineconeはすでに7.5万回を超えるセッションをこなし、600人超の社員にサービスを提供。いまや社内のコードマージリクエストの70%はPineconeが発行している。
1968年のある研究によれば、最トップクラスのソフトウェアエンジニアの生産性は、平均的なエンジニアを大きく上回っていた。それ以来50年間、企業がこの事実に対処する方法はただ一つだった。何とかしてそういう人材を引き抜くことだ。
今年1月、休暇から戻ったSierraのエンジニアリングチームは、最先端モデルの進歩に触発され、git worktree、Claude Code、Codexを使ってagentを並行実行し始めた。一部のタスクでは、生産性が5倍にまで向上した。
Gitに標準で備わる機能で、同じコードリポジトリから複数の独立した作業ディレクトリを同時に切り出せる。複数のagentが別々のタスクを並行して走らせるとき、互いに干渉したり上書きしたりしないようにできる。同じ一軒の家の中にいくつもの独立した部屋を仕切るようなもので、それぞれが自分の部屋で作業するかぎり、誰も他人のものを乱すことはない。
もしたった1ヶ月でagentがエンジニアの生産性を5倍にできるなら、この加速を全社に広げたら何が起きるのか。この問いをきっかけに6人からなるAI加速チームが発足した。この記事は、彼らがこれまでの期間に何をしてきたか、どんなつまずきがあったかの振り返りである。
各部門にAIを配ったら、逆に使いにくくなった
チームが最初に取った方法は、役割ごとに4つの専属agentを分けることだった。カスタマーサポートagent(PINE)、データ分析agent(Pinewood)、エンジニアリングagent(Pinecone)、セールスagent(Reggie Jr)。この発想は直感的に見えたが、実際に使ってみると問題が出てきた。
表面的な問題は、社員がどのagentが何を担当しているかを覚えなければならないことだった。しかもチームは松(パイン)にちなんだ命名を好んだため、PINE、Pinewood、Pineconeが並ぶと見分けがつきにくい。より根深い問題は、会社にとって本当に重要な仕事の大半は部門をまたいで進み、一つの部門内だけで完結することはほとんどないという点だった。
会社とは本質的に、片づけるべき仕事の集合体だ。プロダクトのリリースを例にとれば、それは技術チームだけでなく、セールス、マーケティング、法務、オペレーションにもまたがる。部門が存在するのは、一つのチームや一人の人間では、ある仕事のすべての部分をこなしきれないからだ。AIはこの前提を変えつつある。一つの仕事を最初から最後まで通しでこなせる範囲がどんどん広がっているのだ。
チームはこれらの役割別専属agentをすべてPineconeに統合した。一つの統一agent、一つのSlackアカウント、一つのURL、質問から成果物の受け渡しまで途切れない一本の線だ。どのシステムからデータを取ってきて何をすべきかはPinecone自身が判断するので、社員はまずどのagentに聞けばいいか考える必要がなくなった。
この原理は、Sierra自身のプロダクトですでに一度実証されている。Sierraで組み上げたagentは全工程型で、一つのagentが商品に関する問い合わせから口座開設、トラブルシューティング、請求まで、すべての工程をこなせる。カスタマーサポートは1を、セールスは2を押してくださいという昔ながらのIVR式の振り分けとは違う。
すべてを一つのagentに集約することで、会社は本当の価値、つまり片づけるべき仕事そのものに近づく。改善を一つ加えるたびに全社がその恩恵を受け、全員のスピードが同時に上がっていく。
優れたagentは自分でいつ動くべきかを知っている
たいていの仕事は一回の会話で片づくものではない。数日、数週間、時には数ヶ月にまたがり、その間チームは学び続け、優先順位は変わり続け、新しい情報が絶えず入ってくる。質問されたときにだけ現れ、セッションが終われば消えてしまうagentでは、役に立てる範囲は限られる。
Pinecone はコンテキストを常に持ち続け、前回の続きから作業を再開し、単発の質問に答えるだけでなく、一つの仕事全体が終わるまでやり抜く。
コンテキストを持ち続けることで、Pinecone は自発的にもなった。質問されるのを待つのではなく、次のステップの準備が整った時点で自ら動き出す。たとえば何らかの成果物がwebhookを発火させたとき、タスクがLinearに登録されたとき、レビューが到着したときなどだ。まずコンテキストを集めて一稿目を仕上げ、判断が必要な部分だけを人に渡す。ミーティングの前には、すでにメモが用意されている。面接が終わる頃には、インタビューの記録がすでに下書きされている。レビューが届いたときには、要約と主要なリスク、提案がすでに添えられている。狙いは通知を増やすことではなく、手元に届いてもまだ片づいていない仕事を減らすことだ。
この段階をチームはまだ完全には実現できていない。大半のセッションは依然として人間側が先に口を開く形だ。だが、この順序を逆転させ、必要なときにagentの側から人を探しに来るようにすることこそ、持続性がチームを導きつつある方向である。
AIを阻んでいるのは、あなたの会社を理解していないことだ
以前AIを阻んでいたのは、モデル自体が十分に賢いかどうかだった。今日の最先端モデルは、知能の面ではすでに十分間に合っている。本当のボトルネックは別の場所に移った。会社に固有のコンテキスト、具体的な業務フロー、履歴、そしてどんな学習データにも出てこない判断基準だ。
今年1月、チームの2人がClaude CodeとOpus 4.6を使い、MCP(Model Context Protocol)とコマンドラインツール経由で社内システムに接続し、データ分析agentを組み上げた。それほど多くの追加指示を与えなくても、Slack、GitHub、ClickHouse、Salesforce、PagerDutyを横断して数分で一つの顧客問題を調査できた。以前は半日かかっていた作業が、トラブルシューティングとインシデント対応の第一歩になった。
同じパターンはデバッグの枠を超えて広がっていった。完全なコンテキストを与えられたagentは、顧客との打ち合わせの準備をし、アカウントを調査し、契約書やRFPを確認し、あるプロダクトの意思決定を遡って調べ、あちこちに散らばった作業を一つのまとまった成果物にまとめられる。しかし、agentにこれほど多くのコンテキストを持たせること自体が、新たなセキュリティとプライバシーのリスクになる。
Sierra はこの問題を解決するために MCP Gateway という一層を自社開発した。Pinecone は各社員本人の権限を継承し、ツール呼び出しのたびにポリシーチェックを受け、顧客データは互いに分離され、呼び出しのたびに監査ログが残される。
Pinecone は Claude Code と Codex の上に構築されている。この二つの基盤ツールのアップデートは追い風になるが、技術の最先端は絶えず変化していて、あるモデルは計画立案が最も得意で、別のモデルはコーディングが最も得意、さらに別のモデルは文章が最も得意といった具合だ。モデルより上のこの層を自分たちの手に握っておくことで、チームは各タスクを最適なモデルにルーティングでき、あるモデルに障害が起きたときには切り替えられ、コストをコントロールでき、単一のベンダーに縛られずに済む。本当に持続する強みとは、どのモデルもより使いやすくするコンテキスト、ワークフロー、ルーティングというこの層を自分たちで持っていることなのだ。
agentは新しいインターフェース、既存システムはそのまま既存システム
どの仕事も具体的な何か、成果物を生み出す。コードを書くagentは真っ先に自分の成果物を見つけた。プルリクエスト(PR)だ。他の部門にもそれぞれ対応する成果物がある。顧客事例、契約書、RFPの回答、ロードショー資料、人事評価などだ。
これらの成果物は、agentが作業する際の入力であると同時に、agentが差し出す出力でもある。Pinecone にロードショー資料の修正を頼めば、返ってくるのは修正済みの資料そのものであって、「こう直すといいですよ」という一言のチャットメッセージではない。
チームは、これら既存の記録システム(system of record)を置き換えるのではなく、それらと連携する方がうまくいくことに気づいた。GitHub は引き続きPRを保管し、Salesforce は引き続き顧客アカウントを保管し、Linear は引き続きissueを保管する。agentはこれらのシステムの上に架かり、それらをつなぎ合わせる層なのだ。
これらのシステムを置き換えることは、数十年かけて積み上げられてきた成熟したソフトウェアをもう一度作り直すことを意味する。さらに厄介なのは、それによって会社が真っ二つに分かれてしまうことだ。一部の人はagent経由で働き、もう一部の人は従来通りツールを直接使って働き、それぞれ違う記録が残ってしまう。チームが賭けている方向性は、これらのプロダクトが徐々にバックエンドのような存在になり、agentが主要な操作インターフェースになっていくというものだ。
7.5万回動いたことは、本当に良くなったことを意味しない
Pinecone は3月に最初のコードをコミットしてから、すでに7.5万回を超えるセッションをこなし、600人超の社員にサービスを提供してきた。いまや社内PRの70%はPineconeが発行しており、さらに数百件の自動化タスクが、誰にも明示的に指示されていない仕事を静かに処理し続けている。
この手の数字は成果として語られがちで、初期段階ではそれ自体は間違っていない。ツールが実際に使われていて、ロードマップのスライドの上でほこりをかぶっているわけではないことを証明するからだ。しかし、何回セッションが動いたか、ツールが何回呼び出されたかは活動量であって、結果ではない。あるチームは、トークン使用量の数字を見栄えよく積み上げることは十分に可能でも、下流では何も良くなっていない、というケースがありうる。同じエラー率、同じサイクルタイムのまま、ただAIが関わる部分が増えただけということだ。
だからトークン使用量は悪くない出発点だ。チームはまずこのツールを使う習慣を身につけて初めて、それが本当に役に立っているかどうかを測る話ができる。しかし価値はそこにあるわけではなく、チームも話をそこで終わらせたくはない。彼らが問い続けたいのは、agentが実際に何を変えたのかということだ。ある取引の成約が早まったのか、ある顧客の問題が一度で解決したのか、誰かがそのおかげで定時に帰れて、また深夜までかかってレビューを仕上げる羽目にならずに済んだのか。現時点でチームはこれらを測る良い方法をまだ見つけていない。セッション数や呼び出し回数は単に数えやすいというだけであり、このギャップこそが次に埋めるべきものだ。
実験中:AIに今日の出来を自ら振り返らせる
チームは Pinecone に新しいことを試させている。毎日その日にこなした仕事を振り返り、自分自身のスキルセットに対して改善案を出すというものだ。
長期的に見て、チームが欲しいのは、Sierraから絶えず学び自らを改善し続けるagentであって、毎日Sierraの代わりに仕事をこなして終わりというだけのagentではない。
この先、チームはこのシステムをさらに深く掘り下げる、より技術寄りの記事をいくつか公開する予定だ。Allen Chen は Pinecone が経てきた幾度もの反復とその背後の技術アーキテクチャについて、Mihai Parparita は MCP Gateway がどのように完全なコンテキストを安全に収集しているかについて、Rohith Ravi はこのすべてを支える基盤インフラ Agency について語る。
天才を探す時代から、誰もが一人ずつ持てる時代へ
冒頭で触れた1968年のあの研究に話を戻すと、最高のエンジニアと平均的なエンジニアの間には生産性で10倍の差があることがわかっていた。過去50年間、唯一の解決策はそのひと握りの人材を何とかして引き抜くことだった。
研究により、トップクラスのエンジニアの生産性は平均的なエンジニアの10倍であることが判明。それから50年間、企業にとって唯一の解決策は、そのひと握りの人材を何とかして引き抜くことだった。
Sierra は統一agent Pinecone を全社員一人ひとりに配り、人材を引き抜かなくても、全員があの一握りの人材の優位性を手にできるようにした。
今、もう一つの答えが出てきた。誰もが一人一台agentを持ち、あの一握りの人材の優位性を手にするというものだ。今回の変化の意味は、単により多くの仕事を片づけられるようになったことにとどまらない。それは時間を空け、人間にしかできない部分、つまり判断、審美眼、創造力、そして人間関係の維持のために残してくれる。
あるチームは、トークン使用量の数字を見栄えよく積み上げることは十分に可能でも、下流の何一つとして本当に良くなっていない、というケースがありうる。同じエラー率、同じサイクルタイムのまま、ただAIが関わる部分が増えただけだ。Sierra公式ブログ、『AI-pilling our company: lessons learned』
各部門にAIを配ったら、逆に使いにくくなった:Sierraは一つのアシスタントに絞り込み、いまや社内コードの70%を担う
AIカスタマーサポート企業Sierraの6人チームによる振り返り。社内AIアシスタントをどう作るべきか、彼らがどんなつまずきを経験したかを、図解付き一枚で読み切る。
↓ 一枚で読み切り · 動く図が一つあります
Sierra はAIカスタマーサポートを手がける会社だ。今年、6人からなるチームを組み、社内の各部門に専属のAIアシスタント(agent。自分でツールを呼び出し、複数のステップに分けて仕事をやり切れるAI)を配った。カスタマーサポート用に一つ、データ分析用に一つ、エンジニアリング用に一つ、セールス用に一つ。聞こえはとても行き届いているが、実際に使うとしっくりこなかった。
✘ しかし本当に重要な仕事の大半は、部門をまたいでいる
社員はまず「この件はどのAIに聞けばいいか」を覚えなければならない。さらに厄介なのは、一つの仕事が複数のAIの間を行き来し、最初から最後まで面倒を見きれるものが一つもないことだ。
Sierra は4つの専属AIを全部解体し、Pinecone という統一アシスタント一つに合体させた。社員はもう「誰に聞けばいいか」を考える必要がなくなり、一つの窓口で最初から最後まで済む。同時に彼らは、それを「一問一答」型から脱却させ、自らタスクを見張り、出番が来たら先に一稿を仕上げてから人に判断を委ねるようにした。
しかし、これほど多くの社内システムの鍵を一つのAIに渡してしまうと、新たな悩みが出てくる。このAIは何を根拠に、これらのデータに安全に触れられるのか。
AIを阻んでいるのは実は賢さが足りないことではなく、あなたの会社を理解していないこと、具体的な業務フロー、履歴、社内の人間にしかわからない判断基準を理解していないことだ。Sierra の解決策は、MCP Gateway という名の「権限の関所」を一層挟むことだった。Pinecone がどこかの社内システムに触れるたびに、必ずこの関所を通らなければならない。
小互が一言尋ねると、Pinecone はどのシステムを調べるべきか自分で判断する。ただし呼び出しのたびに必ず MCP Gateway を通り、小互本人の権限だけを使い、顧客データは互いに分離され、一件ごとに記録が残る。GitHub、Salesforce といった既存システムは相変わらずそれぞれの記録を管理し続け、Pinecone はその上に被さる統一窓口にすぎない。もとは半日かけて調べ物をしていたのが、数分で一稿目が出るようになった。
リリースから4ヶ月、数字は華やかだ。まず具体的な体感を一つ見てみよう。同じ顧客のエラー調査でも、
それぞれAIを配った。
- × サポート → PINE
- × データ → Pinewood
- × エンジニア → Pinecone
- × セールス → Reggie Jr
一つに合体。
人に渡す。
「権限の関所」を通る。
いまやPineconeが発行
600人超が利用。
誰もが一台AIを持つ時代へ。
